2025年05月03日
(続)「本土人」の「沖縄・沖縄人」へのまなざし 沖縄随想22
前回述べてきた「本土人」のなかには、平和運動復帰運動など沖縄の諸運動を知る中で、沖縄に対する「敬意のまなざし」をもって、沖縄と付き合う人もでてくる。また、沖縄に触れるなかで、「沖縄人の優しく純朴でゆったりした雰囲気は、人情が薄くなってきた本土と比べて、すごくいい」と絶賛する人もいる。
1970年代以降、沖縄移住する「本土人」が量的に増加していくなかで、移住動機が大きく変化し、ここまで述べてきた事情の変化が進んでいく。転勤進学などによるものだけでなく、沖縄人との結婚などの関係での移住が増加していく。そればかりか、スローライフを求めるなど「生き方・人生探し」として沖縄移住する人も増えていく。それまでの仕事を辞め、ともかく移住し、その後仕事を探す人も増えている。そのなかには、観光など沖縄訪問し、「沖縄が好き」になって移住する人も多い。とくに2000年代に入って、移住ブームのなかで、沖縄移住する人が多く、そういう方々に向けて雑誌まで創刊された。
しかし、移住した「本土人」のなかには、数年という短期で「本土復帰」する人も多い。他方で、沖縄生活後、本土生活を再開するが、沖縄の良さを体感しているので、再び沖縄生活に戻るNターンの人もいる。UターンのUにもう一本線が加わりNになるのだ。私がそうだ。
こうして、2010年代に至ると、本土生活経験を持つ人が、沖縄住民の中でかなりの比率を占めるようになる。小中学生で、両親ともに沖縄人だという生徒が減り、クラスの半数に近くなる例が広くみられるようになる。また、両親とも沖縄人だが、本土生活で別の空気を体験してきたUターン例も多い。
こうしたなかで、次の比屋根照夫の伊波普猷にかかわっての指摘が注目される。本連載の20回で紹介した「沖縄学の黎明――伊波普猷生誕百年記念誌――」(沖縄文化協会1997年)のなかの、比屋根照夫「伊波普猷の生涯――その時代と思想の軌跡――」という小論である。
「伊波は、まさに近代以降、沖縄の歴史を貫き、現下に於ても伊波自身が直面している「他府県人と沖縄人との間の打ち解けない」、そうした心理的ギャップの狭間にいたのである。」p156
これに加えて、比屋根は次のように指摘する。
「心理的ギャップは、早晩、「二者の間の言語、風俗習慣等の接近」と「二者の間に血縁を通ずる者の増加」によって埋められるであろうことを、ここでも伊波はくりかえし強調する」p157
2020年代の今日では、こういう状況が現実のものとなりつつある。私の周辺でも、そんな現実のなかでの日常のつきあいがある。50年前の私周辺の状況と様変わりである。

写真は本文にかかわりなく、サクララン(ほや)
1970年代以降、沖縄移住する「本土人」が量的に増加していくなかで、移住動機が大きく変化し、ここまで述べてきた事情の変化が進んでいく。転勤進学などによるものだけでなく、沖縄人との結婚などの関係での移住が増加していく。そればかりか、スローライフを求めるなど「生き方・人生探し」として沖縄移住する人も増えていく。それまでの仕事を辞め、ともかく移住し、その後仕事を探す人も増えている。そのなかには、観光など沖縄訪問し、「沖縄が好き」になって移住する人も多い。とくに2000年代に入って、移住ブームのなかで、沖縄移住する人が多く、そういう方々に向けて雑誌まで創刊された。
しかし、移住した「本土人」のなかには、数年という短期で「本土復帰」する人も多い。他方で、沖縄生活後、本土生活を再開するが、沖縄の良さを体感しているので、再び沖縄生活に戻るNターンの人もいる。UターンのUにもう一本線が加わりNになるのだ。私がそうだ。
こうして、2010年代に至ると、本土生活経験を持つ人が、沖縄住民の中でかなりの比率を占めるようになる。小中学生で、両親ともに沖縄人だという生徒が減り、クラスの半数に近くなる例が広くみられるようになる。また、両親とも沖縄人だが、本土生活で別の空気を体験してきたUターン例も多い。
こうしたなかで、次の比屋根照夫の伊波普猷にかかわっての指摘が注目される。本連載の20回で紹介した「沖縄学の黎明――伊波普猷生誕百年記念誌――」(沖縄文化協会1997年)のなかの、比屋根照夫「伊波普猷の生涯――その時代と思想の軌跡――」という小論である。
「伊波は、まさに近代以降、沖縄の歴史を貫き、現下に於ても伊波自身が直面している「他府県人と沖縄人との間の打ち解けない」、そうした心理的ギャップの狭間にいたのである。」p156
これに加えて、比屋根は次のように指摘する。
「心理的ギャップは、早晩、「二者の間の言語、風俗習慣等の接近」と「二者の間に血縁を通ずる者の増加」によって埋められるであろうことを、ここでも伊波はくりかえし強調する」p157
2020年代の今日では、こういう状況が現実のものとなりつつある。私の周辺でも、そんな現実のなかでの日常のつきあいがある。50年前の私周辺の状況と様変わりである。

写真は本文にかかわりなく、サクララン(ほや)
Posted by 浅野誠 at 08:56│Comments(0)
│沖縄