2024年10月02日
「老人」「老年期」の発見・発明 真最中19
「子ども」「子ども期」の「発見・発明」といわれるが、それになぞらえていうと、「老人」「老年期」の「発見・発明」はどうだったろうか。
ヨーロッパにおいて、かつて子どもはいるが、「小さい大人」であったといわれる。たとえば服装にしても子ども服というものがなくて、ただ小さい大人服というだけだった。日本においても、その事情に変わりはないが、明治期以降、とくに大正期以降、徐々に「子ども」「子ども期」ということが人々に明瞭に意識され、「子どもの発見」「子どもの発明」が進む。
同様に、青年期とか思春期とかにしても、「発見・発明」が進行してきて、1950年代末には、日本の子ども・若者のほとんどは、思春期青年期を持つようになった。男性を例にすると、かぞえ15歳ごろ「一人前」になり、一挙に「大人」になった。その移行のための「テスト」があり、それをくぐりぬける行事はイニシエーションと呼ばれた。米俵一俵(60キロ)を担げるとか、1反の田の稲刈りを1日でできるとかがその「試練」(テスト)だった。その名残が見られる時代に15歳を迎えたころの私には、一日で1反の稲刈りをした記憶がある。1960年ごろを境目にそのありようが大きく変わり、数年~10数年かけて中学高校大学に通いつつ「自分づくり」をして、自分なりの進路選択をして大人になっていくようになる。その時期は、一人前の成人として仕事に就くのを猶予(モラトリアム)されたのである。
では、「老」「老年期」ではどうだろうか。「農民・職人的生き方」が多数を占める時代は、体力的理由から、仕事量の大幅減少のなかで引退し、体験・知恵を成人以下の世代に伝える役割に絞られていくが、その年齢期の人口そのものが少数であったから、「老人」「老年期」を発見・発明する必要は、ことさらには存在しなかった。
ところが、1960年代以降の「勤め人的生き方」の時代になると、平均寿命の増大もあいまって、退職後生活を10~20年と長期に過ごす人口が激増する。「農民・職人的生き方」をする人が多い地域では、老人会などの老人組織にそうした人々が集まり、地域の中で一定の役割を果たし、「老」集団の位置・役割が明瞭に存在する事例が広く見られた。だが、「勤め人」で退職後職場を離れる人々は集う場をもたず、「職場」以外で自分の存在を鮮明に示す場を見出しにくくなった。その代わりの場の一つに家族があって、孫育てという形で存在意義を示すことは可能であったが、職業ということでは、「空白」状態に陥る例が広がる。しばしば、職場を変えて短時間勤務することはできるが長く継続するものではない。また、加入したい老人組織があることは多くない。
こうして「空白」の時期が出現するわけだが、例外的な少数の人々の話ではなく、地域人口の10~30%を占める人々の話になっていく。そしてそれまでにはない新たな対応が模索されていく。
写真は本文にかかわりなく、私のデッサン「みかん」
ヨーロッパにおいて、かつて子どもはいるが、「小さい大人」であったといわれる。たとえば服装にしても子ども服というものがなくて、ただ小さい大人服というだけだった。日本においても、その事情に変わりはないが、明治期以降、とくに大正期以降、徐々に「子ども」「子ども期」ということが人々に明瞭に意識され、「子どもの発見」「子どもの発明」が進む。
同様に、青年期とか思春期とかにしても、「発見・発明」が進行してきて、1950年代末には、日本の子ども・若者のほとんどは、思春期青年期を持つようになった。男性を例にすると、かぞえ15歳ごろ「一人前」になり、一挙に「大人」になった。その移行のための「テスト」があり、それをくぐりぬける行事はイニシエーションと呼ばれた。米俵一俵(60キロ)を担げるとか、1反の田の稲刈りを1日でできるとかがその「試練」(テスト)だった。その名残が見られる時代に15歳を迎えたころの私には、一日で1反の稲刈りをした記憶がある。1960年ごろを境目にそのありようが大きく変わり、数年~10数年かけて中学高校大学に通いつつ「自分づくり」をして、自分なりの進路選択をして大人になっていくようになる。その時期は、一人前の成人として仕事に就くのを猶予(モラトリアム)されたのである。
では、「老」「老年期」ではどうだろうか。「農民・職人的生き方」が多数を占める時代は、体力的理由から、仕事量の大幅減少のなかで引退し、体験・知恵を成人以下の世代に伝える役割に絞られていくが、その年齢期の人口そのものが少数であったから、「老人」「老年期」を発見・発明する必要は、ことさらには存在しなかった。
ところが、1960年代以降の「勤め人的生き方」の時代になると、平均寿命の増大もあいまって、退職後生活を10~20年と長期に過ごす人口が激増する。「農民・職人的生き方」をする人が多い地域では、老人会などの老人組織にそうした人々が集まり、地域の中で一定の役割を果たし、「老」集団の位置・役割が明瞭に存在する事例が広く見られた。だが、「勤め人」で退職後職場を離れる人々は集う場をもたず、「職場」以外で自分の存在を鮮明に示す場を見出しにくくなった。その代わりの場の一つに家族があって、孫育てという形で存在意義を示すことは可能であったが、職業ということでは、「空白」状態に陥る例が広がる。しばしば、職場を変えて短時間勤務することはできるが長く継続するものではない。また、加入したい老人組織があることは多くない。
こうして「空白」の時期が出現するわけだが、例外的な少数の人々の話ではなく、地域人口の10~30%を占める人々の話になっていく。そしてそれまでにはない新たな対応が模索されていく。
写真は本文にかかわりなく、私のデッサン「みかん」
Posted by 浅野誠 at 14:28│Comments(0)
│生き方人生